【高校野球】甲子園でのサイクル安打は至難の業 達成者は夏6人、春1人 | ニコニコニュース



杉田は15年ぶりの快挙 試合に敗れたのは1例だけ

 第101回全国高校野球選手権大会第8日の13日、敦賀気比(滋賀)と国学院久我山(西東京)が激突した第4試合で敦賀気比・杉田翔太郎内野手(3年)がサイクル安打を達成した。夏の甲子園では史上6人目で、選抜高校野球では1人だけ。

夏の甲子園サイクル安打

■1949年(第31回)8月14日 1回戦 ○平安(京都)18-7●盛岡(奥羽・岩手)

 平安・杉山慎二郎(3年)が達成。ただし日本では1965年に阪急のダリル・スペンサーサイクル安打を紹介するまでその概念がなかったため注目されることはなかった。この年の平安は2回戦で柳井(西中国・山口)に敗退。杉山は日大を経て内野手として大映スターズに入団するも、通算32安打0本塁打で終わった。

1975年(57回)8月10日 2回戦 ○土佐(南四国・高知)8-1●桂(京都)

 土佐・玉川寿が達成。この記録はメディアでも大きく取り上げられた。土佐は3回戦で上尾(埼玉)に敗退。玉川は慶大に進み、77年秋に外野手、79年春、80年秋には一塁手ベストナインに。卒業後は日本石油(現JX-ENEOS)の主力として活躍した。

1991年(73回)8月17日 3回戦 ○大阪桐蔭(大阪)8-1●秋田(秋田)延長11回

 大阪桐蔭・澤村通(3年)が達成。延長11回での達成だった。大阪桐蔭は決勝で大野倫(のち巨人、ダイエー)を擁する沖縄水産(沖縄)を破って創部4年目で初優勝。澤村は近大学工学部に進むも中退。社会人の新日鐵君津では12シーズンにわたって活躍。主将も務めた。

1998年(80回)8月21日 準決勝 ●明徳義塾(高知)6-7○横浜(東神奈川

 明徳義塾・藤本敏也(3年)が達成。横浜は、エース松坂大輔(中日)がPL学園との準々決勝で250球を投げたため、この日は袴塚健次が先発。松坂は左翼の守備に就いた。藤本は、袴塚、斉藤弘樹の2投手からサイクル安打を達成した。

 試合は8回まで6-0とリードしていたが、8、9回で7点を奪われてサヨナラ負けを喫した。サイクル安打を記録したチームが敗れたのはこの1例だけ。藤本は松坂らとともにAAAアジア野球選手権日本代表に選ばれ、その後拓大に進んだ。

2004年(86回)8月19日 準々決勝 ○駒大苫小牧(南北海道)6-1●横浜(神奈川

 駒大苫小牧・林裕也(2年)が達成。駒大苫小牧涌井秀章(現ロッテ)を擁する横浜を撃破。準決勝では東海大甲府(山梨)、決勝で済美(愛媛)を破り、北海道勢として初優勝した。林は駒大、東芝に進み、いずれのチームでも主将を務た。2019年に駒大のコーチに就任した。

2019年101回)8月14日 2回戦 ○敦賀気比(福井)19-3●国学院久我山(西東京

 敦賀気比・杉田翔太郎が達成。単打、二塁打、単打、三塁打と安打重ね、9回の第6打席で本塁打を放って達成した。

【選抜高校野球サイクル安打

1979年(51回)4月7日 決勝 ○箕島(和歌山)8-7●浪商(大阪)

 箕島・北野敏史(3年)が達成。浪商は牛島和彦(中日、ロッテ)とドカベンこと香川伸行(のち南海・ダイエー)のバッテリーで人気を博したが、箕島が打撃戦を制した。箕島はこの年春夏連覇を達成している。決勝でのサイクル安打は春夏通じてこの1例だけ。北野は松下電器(現パナソニック)に進んだ。(広尾晃 / Koh Hiroo)

大会8日目、敦賀気比・杉田が夏の甲子園6人目のサイクル安打を達成した


(出典 news.nicovideo.jp)